11月末〜12月にかけて忙殺状態だったので季節を感じるような情報が頭に流れ込んでくることは全くなく、ふと今になってTVをつけてみるとクリスマスやらスペシャル番組やら、そしてもう年末ムードやら――そうか、もうそんな時期だったのか……。
この約一ヶ月間がどれほど濃密に圧縮された状態で外界と断絶した極限状態だったのかを物語る。
そういえば、Dと一緒の作業中にどうしても観たい番組があったのだが(人志松本の○○な話)、TVをつけることを許してもらえなかった。笑
ちょっと30分だけだから……なんつっても、TVをつけると集中できなくなるからダメだ、とさっくり拒否られた。
厳しいっす……たった30分くらい……観終わったら直ぐ消すから……なんつて。笑
でも実際そういうもんで、作曲の邪魔だからTVは捨てた、とか、そもそも買ってない、とか、クリエイターには良くある話でして。
俺も本当に集中するときはBGMもOFFるしなあ。
全裸になる、ってやつもいたけど、それは違うと思う(笑)けど、作曲なんかで行き詰ったときとか、なんとかして空気を変えたくて、そういう奇行的なことをするってのは俺にも経験がある。
PCの前で作曲をするというのは、一つ窓を変えて、一つクリックをするだけで、浮気できてしまう。
だから、電気関係を全てOFFにして、鉛筆と紙とミニ鍵盤だけで旋律に集中するというのは正しい行為だったと思う。
便所にミニ鍵盤を持ち込んで篭るってのは俺の定番で、自称ヒキコモリがさらに深い闇に篭ることで何かを生み出そうとしているんだろう。
子供の頃、押入れの中に入っているだけでなんだかワクワクしたり、お菓子なんかを持ち込んで食ってみたり、あれのなにが良かったのか今では全く共感できなくなってしまったのだが、篭るという行為の魅力とは、外界と断絶した閉塞空間独特の異世界感というか、極限的な陶酔感というか、限られた他者と共感する場合の運命感というか、それは大人社会だと合宿だとか、密室――だとか、無人島サバイバルだとか、そういったものが持つ現実の辛さと、響きの段階の魅力と、そのギャップと、テント泊なんかの魅力も似たようなものかもしれない。
中身のあるヒキコモリは、それはそれで結構誰でも共感できそうな魅力を本質的に持っているのではないかと。
週末や長期休日なんかでDVDやゲームやお菓子を大量に準備して篭ったときのワクワクったらそりゃたいしたもんですよ。
母親のおなかの中が究極のヒキコモリ状態だとすれば、回帰的、本能的な意味があるのかもしれない。
この約一ヶ月間がどれほど濃密に圧縮された状態で外界と断絶した極限状態だったのかを物語る。
そういえば、Dと一緒の作業中にどうしても観たい番組があったのだが(人志松本の○○な話)、TVをつけることを許してもらえなかった。笑
ちょっと30分だけだから……なんつっても、TVをつけると集中できなくなるからダメだ、とさっくり拒否られた。
厳しいっす……たった30分くらい……観終わったら直ぐ消すから……なんつて。笑
でも実際そういうもんで、作曲の邪魔だからTVは捨てた、とか、そもそも買ってない、とか、クリエイターには良くある話でして。
俺も本当に集中するときはBGMもOFFるしなあ。
全裸になる、ってやつもいたけど、それは違うと思う(笑)けど、作曲なんかで行き詰ったときとか、なんとかして空気を変えたくて、そういう奇行的なことをするってのは俺にも経験がある。
PCの前で作曲をするというのは、一つ窓を変えて、一つクリックをするだけで、浮気できてしまう。
だから、電気関係を全てOFFにして、鉛筆と紙とミニ鍵盤だけで旋律に集中するというのは正しい行為だったと思う。
便所にミニ鍵盤を持ち込んで篭るってのは俺の定番で、自称ヒキコモリがさらに深い闇に篭ることで何かを生み出そうとしているんだろう。
子供の頃、押入れの中に入っているだけでなんだかワクワクしたり、お菓子なんかを持ち込んで食ってみたり、あれのなにが良かったのか今では全く共感できなくなってしまったのだが、篭るという行為の魅力とは、外界と断絶した閉塞空間独特の異世界感というか、極限的な陶酔感というか、限られた他者と共感する場合の運命感というか、それは大人社会だと合宿だとか、密室――だとか、無人島サバイバルだとか、そういったものが持つ現実の辛さと、響きの段階の魅力と、そのギャップと、テント泊なんかの魅力も似たようなものかもしれない。
中身のあるヒキコモリは、それはそれで結構誰でも共感できそうな魅力を本質的に持っているのではないかと。
週末や長期休日なんかでDVDやゲームやお菓子を大量に準備して篭ったときのワクワクったらそりゃたいしたもんですよ。
母親のおなかの中が究極のヒキコモリ状態だとすれば、回帰的、本能的な意味があるのかもしれない。
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